貧しいけれどたくましい〜莫言『牛・築路』(のうち牛)

牛 築路 (岩波現代文庫)

牛 築路 (岩波現代文庫)

先日、日本中が、村上春樹がついに受賞か!と沸き立つ中、ノーベル文学賞をかっさらっていった莫言の作品を読んでみました。

誰が今より解放前がいいと言った?俺さまはな、れっきとした三代続きの貧農だ。恨みつらみの筋金入りよ。“解放前は苦い水、今飲む水は砂糖水”ってな。どうして今より解放前がいいんだ?開放前がよかったってのは、てめえら中農階級のろくでなしの繰り言、恨み節じゃねえか。いいか、忘れるな。おれたち貧農こそが革命の底力なんだよ。お前たちへなちょこ中農は革命される側なんだ。p77

そう言って、あばた叔父は、牛を飼育する老社(ラオドゥー)をけなします。
物語の舞台である1970年、学校をやめて生産隊の家畜飼育係・老社(ラオドゥー)と一緒に牛の放牧をしている語り手の少年・羅漢(ルオハン)のモデルは莫言自身のようです。
引用したセリフにあるように、文化大革命によって中国社会は大きく変わり、貧しい農村社会にもいろいろと変化があったようですが、変化については語られても、それへの評価や政治への批判は物語の中ではなされません。実際、莫言共産党員でもあり、「体制側」の作家と言われることも多いようですが、逆に中国政府を礼賛するようなシーンも当然なく、政治的なものを全く意識することなく登場人物たちの生きる姿を、感じることができました。
実際、物語のほとんどは、67歳の老社と14歳の羅漢の掛け合い漫才のような言い合いで進みます。生産隊の牛の数が増えることを恐れて三頭の牛に去勢手術(と言っても縛って切るのみ)をするところから始まり、手伝え、お前のせいだ、(医師に御馳走として出された)タマタマを食べたい、お前が食べただろ…。そんな小学生の喧嘩のようなやり取りの中から、当時の農村社会の様子が浮かび上がってきます。
羅漢(ルオハン)が、老社(ラオドゥー)の娘の五花(人妻)に憧れていて、「おっぱいを触らせてくれ」と懇願したり、逆に胸が大きいことを「三大(サンダー)」と罵ったりするシーンなど、貧しさに絶望するわけでもなく、日々を楽しく生き抜いていく様子は、いわゆる「文学」という言葉から想像される堅苦しさはなく、非常に楽しい読書になりました。
「築路」は未読で、かつ、一人っ子政策のタブーに挑んだと言われる『蛙鳴』、はたまた映画『紅いコーリャン』(原作小説は『赤い高粱(コーリャン)』)も未見なので、今後もいろいろと作品に触れたい作家です。

蛙鳴(あめい)

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紅いコーリャン [DVD]

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