最後に訪れるのはカタルシス?〜高野秀行『腰痛探検家』

腰痛探検家 (集英社文庫)

腰痛探検家 (集英社文庫)

これは猛烈に面白いです。
もうあれこれ書く必要はなく、目次を読んだだけで、これは読まなくてはと思わせる何かがあります。

プロローグ
第1章 目黒の治療院で“ダメ女子”になる
第2章 カリスマ洞窟の冒険
第3章 民間療法の密林から西洋医学の絶壁へ
第4章 会社再建療法
第5章 密林の古代文明
第6章 腰痛メビウス
第7章 腰痛最終決戦
エピローグ 腰痛LOVE


さんざん悩んで辿りつくラストには納得!
腰痛で真剣に悩んでいる人以外にはオススメの作品です。
以下、この本の何が面白いかメモ。

誰が腰痛を治せるのか?

まずは、腰痛治療のためにあらゆる手段にチャレンジしてみるという「腰痛ドキュメント」としてのスタンダードな面白さ。整体、整形外科、動物病院?、鍼、PNF、腹巻、超能力、さまざまな手段を試み、結局、最後に高野秀行を救うのは誰か?というあたりが物語の核となります。そして病院に行けば当然出会うことになる医者。それぞれ名医だとかカリスマだとかブラック・ジャックだとか言われている先生方の個性が魅力的です。
腰痛の原因を求めて東へ西へという話は、本人も挙げるように、夏樹静子『椅子が怖い』という先例がありますが、正解はコレ!に留まらない、全てを包括するラストは、夏樹本を超える高みに到達できていると思います。
また、(次にも述べますが)上手くいかないときにすぐに諦めて別の治療法に飛びつかずに、同じ所で何度も治療を受ける粘り強さは、まずはその先生のことを信じて続けてみるという作者の誠実さが表れていて、非常に好感が持てました。好感が持てるからこそ、笑いが生まれるのだと思います。
ここら辺は、ダメと分かっていながらネタ作りのためにわざと信じてみるという類の本*1とは全く異なります。

腰痛放浪記 椅子がこわい (新潮文庫)

腰痛放浪記 椅子がこわい (新潮文庫)

ダメ女子パターン

次に、医者と患者、そして治るということについてのさまざまな哲学/比喩が非常に上手いこと。いや、上手いというより発想が面白い。こういった比喩の山は、腰痛治療とは直接関係のないように見えて、結局全編を通じて非常に重要な要素となっています。
特に、恋愛に喩える部分が面白いです。一向に痛みが改善しないにもかかわらず、担当医を「若先生」と慕って、通院した目黒の治療院を、後ろ髪を引かれながらも見限って、インナーマッスル療法を自称する整骨院を訪れたときのこと。

次の瞬間、ハッと気づいた。どうして自分はムキになって目黒の弁護をしているのだろう。もう自分が捨てた相手じゃないか。あそこがダメだったからこっちに来たんじゃないのか。
「昔の彼」のことはもう忘れなければということはわかっている。でも彼はいい人だった。ただ私とは相性がよくなかった。あるいは出会いのタイミングが悪かっただけだ。決して彼自身がダメなわけじゃない。そう思いたい。なにより、赤の他人に「目黒」のことをとやかく言われるのは腹が立つ。(P74)

何度か繰り返す出会いと別れの度に、このようなことが繰り返されます。(笑)
こういった恋愛感情にも似たやるせない気持ちと、医者と患者の関係性を説明するために「男は港で女は船」理論や「ラーメン屋のオヤジ」理論など、いろいろな論理が出てきます。


特に、「ダメ女子」(=「悪い男と別れられないダメな女子」)パターンは、どの先生に対しても繰り返してしまう、作者の“必敗”負けパターンで、この繰り返しが物語にリズムを生みます(笑)

「もう別れた方がいい」と彼女たちも思っているのだ。でも男の笑顔を見ると、「もう一度信じてみたい」と思ってしまう。「愛してるよ」と真剣に言われるとぐらっときてしまう。
彼が自分のところに落ち着かないのは自分に原因があるからじゃないかと、そういう女子は思うのだろう。・・・P46

という具合にして、治らないことに不満を持ちつつも通院し続けてしまうことを称して「ダメ女子」パターン。言い得て妙です。

辺境で役に立つためには!

そして、探検家ならではの視点として、自分が治療する側になれたら、という話が繰り返し書かれるのも印象的です。
現地に行くと、何もできない「役立たず」になってしまう探検家にとって、辺境で通用する職につくことは憧れのようで、実際、この本にも登場する「グレートジャーニー」の探検家・関野吉晴さんは、わざわざ医大に入り直して医師になってしまったのだというから凄い。
しかし、その関野さんによると、西洋医学を体験したことのない人の中には、注射でショックを受けて死んでしまう人もいるということで、辺境の地では薬に頼ることもできないため、結局、代替医療にまで興味を持ちだしたというのです。
そんな関野さんの、現在の西洋医学のあり方に対する疑問も、まさにその通りと頷く部分がありました。

「今の医者は体を診ないんだよね。」と関野さんは言う。今はなんでもデータだ。レントゲンやMRIをとり、血液検査をし、その数値がどうなったかを診るだけで全然患者に触らない。
「やっぱり体を診なきゃダメだと思うんだけどね。」(P102)

こういった見方は、他の職業にも共通点があり、文字通り痛感する。高木仁三郎が『原発事故はなぜくり返すのか』の中で、化学屋の立場から物理屋を非難するくだりがありますが、その視点にもそっくりです。


つまりは、この本は、腰痛を通して、最新医療の状況や、男女関係、現代社会の歪みまで多くのことを語っている画期的な本だと言えるのです。
腰痛の人もそうでない人も、是非一度読んでみてください!

*1:例えば、キャッチセールス研究家、多田文明の『クリックしたら、こうなった』クリックしたら、こうなった等。これも大変面白いのですが・・・。