秩序のない現代に「おともだちパンチ」〜森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』

夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)

夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)

どうしても小説が読みたくなった会社帰りに、伊坂幸太郎と迷った挙句、こちらを購入。

「黒髪の乙女」にひそかに想いを寄せる「先輩」は、夜の先斗町に、下鴨神社の古本市に、大学の学園祭に、彼女の姿を追い求めた。けれど先輩の想いに気づかない彼女は、頻発する“偶然の出逢い”にも「奇遇ですねえ!」と言うばかり。そんな2人を待ち受けるのは、個性溢れる曲者たちと珍事件の数々だった。山本周五郎賞を受賞し、本屋大賞2位にも選ばれた、キュートでポップな恋愛ファンタジーの傑作。(「BOOK」データベースより)

一言でいうならば、荒唐無稽な妄想活劇恋愛小説。
似た作品を挙げるなら「究極超人あ〜る」や「うる星やつら」など、誰が考えても漫画作品になってしまうだろう。だから指名されたのかはわからないが、巻末に羽海野チカによる「解説に代えて」と題された2ページのイラスト+コメントが添えられているのは、適材適所だと思う。

その「解説に代えて」は、名シーンと名言についてイラスト交じりに書き散らしたものなのだが、これも、この本を読んだ印象とぴたりと合う。非現実的なシーンも多いのだが、それを白けさせずに盛り上げるふざけた文体は、高度なプロレスを構築する肉体同様の機能を有している。男女二人のモノローグで進む物語には、(それがふざけた文体であっても)無駄な言葉がほとんどないくらいに濃縮されているので、名言だらけとなるのだ。
二人のうちでは、やはり男である「先輩」の言葉に惹かれる部分が多い。自分も少し取り上げる。

これを入手するということは、もはや彼女の乙女心を我が手に握ることに等しく、つまりそれは薔薇色のキャンパスライフをこの手に握ることに等しく、さらにそれは万人の羨む栄光の未来を約束されることに等しい。
諸君、異論があるか。あればことごとく却下だ。
私は勝利を求めて咆哮した。
(P123-124:第二章のクライマックス「火鍋対決」において、「黒髪の乙女」の絵本を入手することを心に決めたとき)


「学園祭とは青春の押し売りたたき売り、いわば青春闇市なり!」
晩秋の冷たい風に吹かれながら、私は思った。
(P154:第三章)


かくして、私はなるべく彼女の目にとまるよう心がけてきた。夜の木屋町先斗町で、夏の下鴨神社の古本市で、さらには日々の行動範囲で---。附属図書館で、大学生協で、自動販売機コーナーで、吉田神社で、出町柳駅で、百万遍交差点で、銀閣寺で、哲学の道で、「偶然の」出会いは頻発した。それは偶然と呼ぶべき回数をはるかに超え、「これはもう運命の赤い糸でがんじがらめだよ、キミたち!」と万人が納得してうけあいというべき回数に達していた。
(P156:第三章 「あからさまに怪しい行為」の描写)


彼女と出会って半年以上、私が外堀を埋める機能だけに特化し、正しい恋路を踏み外して「永久外堀埋め立て機関」と堕したのはなぜか。その疑問への回答は二つ考えられる。一つは、私が彼女の気持ちをはっきり確かめることもできない、唾棄すべき根性無しであるということ。これは沽券に関わるから、ひとまず否定しておこう。ならば答えは残る一つだ---私は、実際のところ、彼女に惚れていないのではないか。
(P264-265:第四章 風邪のため布団にもぐりながら「大問題」に挑むも、明らかに誤った仮定に進む様子)

こういうのを読むと、沢山の言葉を知っていることは、人生を豊かにする=「おもしろき こともなき世を おもしろく」*1できるのじゃないかなあと思う。
下らない言葉でも真似してみたくなる。*2

なお、映像的にも魅力的なブツが多く登場するのだが、自分の好きなのは、李白翁の三階建電車。燦然と光を放ちながら街中をゆっくり進む三階建電車は、中にシャンデリアあり、螺旋階段あり、宴会場あり、さらには草がなびく屋上には古池と竹林があるというとんでもない乗り物。
これについてはイラストレータ中村佑介の表紙に(文庫版ではチラッと/ハードカバーでは大きく)載っている基本形+妄想で表せるが、いつか、リベット君たちが乗れるリベット電車を作れないかなと思っている。
あと2章でピックアップされた火鍋だが、自分は未体験なので寒い季節に是非食べてみたい。え?高いんですか?

〜〜〜
さて、今回、この本を読むにあたってはBGMを固定してみた。(多くの人がそうであると思うが)自分は読書時には、歌詞つきの曲は聞かないので、聞ける曲は限られるのだが、ちょうど先日借りてきたDE DE MOUSEがあったので、これを選んでみた。

TIDE OF STARS  SPECIAL EDITION

TIDE OF STARS SPECIAL EDITION

でもってこれが大当たり。
「supernova girl」なんかは、ちょうど物語の「黒髪の乙女」のテーマソングとしてもぴったりだし、物語の持つ浮遊感とアルバムに漂うキラキラ感がマッチし、偶然にしては出来すぎているほどだ。
物語も面白いし、BGMも最高だし、今回は自分の中でもかなり上級の読書体験をした。
大・満・足。

追記 森見登美彦氏ご結婚!

森見氏のブログを久し振りに覗いたら、ちょうど今年に入ってすぐに結婚されたとのこと。

 「結婚しますか?」

 「結婚って何です」

 「あれです。夫婦ということになって、一緒に暮らすというやつ」

 「ううん、どうかしらん?」

 「ときどき、ベーコンエッグを作ってあげます。玉子ごはんも」

 「うーん」

 「酒も飲ませる」

 「それはたいへんいい感じ。月には帰らなくたってよいのだし、月にはお酒がない」

 「それなら結婚しますか?」

 「あい」

 「どうします?僕は『こんな飯が喰えるか!』とちゃぶ台をひっくり返すかもしれない」

 「ドメスティック・バイオレンス!それなら、ちゃぶ台は接着剤で床にくっつけておきます」

 「なるほど。それなら安心だ」

おめでとうございます!
本当におめでとうございます!
非常に「らしい」結婚報告で、改めて「森見文体」に夢中になっている自分を発見しました。
まだ長男(太陽の塔)、長女(夜は短し)を読んだだけの後追いのファンですが、今後も著作を追いかけていきます。

*1:高杉晋作辞世の句

*2:そういえば、『太陽の塔』で大活躍だったジョニーも登場した→P251