脊柱混入事件と農水省の陰謀

20日に成田空港の検疫所で、米国からの輸入牛肉にBSE対策で除去が義務付けられている脊柱(背骨)の混入が見つかった。
こういった食の安全の問題については、いつもサイトで勉強させてもらっている安井至、中西準子の両氏の雑感が各サイトに出揃ったので、自分もこれを機会に、再度BSEについて勉強してみた。なお、今回、輸入反対派の意見も読むと、混乱が深まる可能性があることから、まずは容認派の人の意見に的を絞って理解を深めることにした。
 

安全問題ではなく「約束違反」の問題

両氏の意見(世論に対する懸念)はほとんど共通している。すなわち、今回の問題は「安全」の問題ではない、ということである。

米国での安全管理の徹底を求めるというような意見が溢れているが、これは、安全問題ではなく、約束違反問題として考えるのがいいと思う。そうでないと、また解決に異常な時間がかかることになってしまう畏れがある。

そして、さらに言えば、この問題がここまでこじれた原因、そして今回の混入事件が起きた原因は、日米の文化の違いだという。これも二人に共通する意見である。

リスクはもともと完全なゼロではないが、それはいかなるリスクも完全にはゼロにはならないので、当然。しかし、米国からの牛肉輸入問題は、もともとリスクがほとんどゼロだから、安全性、すなわち、被害が出る出ないという視点から議論しても何の意味もない。最初から、健康問題ではない。一方、安心できるかどうか、という議論になると、日本人の安心に対する考え方は、世界的に見ても異常だから、どちらかと言えば、アメリカ的な対応で十分なので、その議論は国内ではやってもよいが、国際的には避ける方が無難。

 

日本の方がリスクが高い?

さて、リスクがほとんどゼロなのはわかったが、それでも米国産の方がリスクが高いのだから、十分な対応が必要なのでは?と思ってしまうのが心情。実際、自分が1年ほど前にBSEについて書いた文章では、「米国産牛肉の輸入には反対」と結論づけている。

しかし、その後、安井氏の意見は、米国産牛肉の輸入にはむしろ賛成の立場に位置することがわかり、その他よく読むブログでも「むしろ国産牛の方がリスクが高い」とまで書かれていたりもして、かなり混乱した。
これについては、もとから食品安全委員会の情報を詳しく見ればよかったのだが、中西氏の文章に詳しい説明があるのでリンクする。

文章中にもいろいろ書かれているが、よく言われるのは「ピッシング」の問題。日米加のリスクレベルを比較した中段の表では、「ピッシング」については「日本のリスクが高い」とはっきり書いてある。*1

 ピッシングとは、失神させた牛の頭部にワイヤ状の器具を挿入して脳神経組織を破壊する作業。これをしないと、解体作業中に牛の脚が激しく動いて現場職員がけがをする危険があるという。
 しかし、厚生労働省は昨年十月に出した「食肉処理における特定危険部位管理要領」で、ピッシングについて「中止が望ましい」とした。作業で危険部位の脳や脊髄が漏れ出る恐れがある―との理由だ。
 県内八カ所の食肉処理場のうち、三カ所は長年ピッシングをしていない。残り五カ所は、器具の塩素消毒を新たに行うなどして、現在も続けている。
 なぜ、やめられないのか。
 淡路食肉センターは「処理場が狭く、作業員がいざというときに逃げるスペースがない。現場の安全確保を考えているところ」。姫路市食肉センターは「ピッシングなしの作業には熟練がいる。簡単には切り替えられない」と説明する。

食肉処理の過程を考えると、なかなか大変なことではあるが、このピッシングはアメリカでは禁止されているものである。これ以外についても中西氏の指摘を受ければ、国産牛が輸入牛と比較して安全とは言えない、というのが科学的判断なのだろう。
 

農水省は何をしたいのか

さて、ここからはおバカな陰謀論の話。上とはトーンが異なります。
中西氏のところで、もうひとつ、食品安全委員会プリオン専門調査会座長の吉川泰弘による国産牛のPR広告についての記事がある。これは、科学的であるべきリスク評価が政治に振り回されたことを嘆く文章であるのだが、中立であるべきプリオン専門調査会の座長自らが、国産牛のPRを行っていることから、中西氏は、調査会そのものについての政治的な根っこを疑っている。

プリオン専門調査会では、米国産牛のリスクを巡って、人へのリスクとはほとんど関係がないことが、恰も重大な問題であるかのように延々と議論された。それは、学者の近視眼と思ってきたが、実は違うのではないか。このPRを見て、そのように考えるようになった。国産牛肉を奨励したい、米国からの牛肉は入れたくないという政治的意図で引き延ばされたのではないかと。

それでは、なぜ反対する国民の意見を抑えて解禁に踏み切ったのか?農水省自体の路線変更というよりは、国産牛を推奨する農水省が米国からの圧力を気にするほかの官庁(外務省?)に負けたというところではないだろうか。
そう考えると、今回の脊柱混入事件の意味合いも少し変わってくる。そもそも、脊柱は、日本の顧客からの要求だった、という話があるからだ。(NYT)

A君:その脊柱を出荷してしまったAtlantic Veal and Lambという企業は、今後、日本向けの輸出がもはやできない。そして、今回のミスを「honest mistake:善意のミス」だと言っている。そして、健康問題には断じてならない、としている。まあ、これは正しい。
 もっとも重要なのは、「今回の脊柱は、日本の顧客からの要求によって、4.5ヶ月の若牛の脊柱を送った」と言っているところでしょう。

B君:もしもそれが本当だとしたら、日本の顧客とは誰なのか、その解明が欲しい。どういうつもりでその顧客がその企業にそんな発注をしたのか。

A君:どこかのメディアとか消費者団体の意向で、米国システムの妥当性をテストするために発注したとか言う可能性は無いのですかね。

つまり、今回の事件は、どうしても輸入禁止という方向に持ち込みたい農水省側が仕組んだ「罠」だったのではないか?だとしたら効果てき面な作戦だ。
上で指摘されていたように、BSEの問題は安全性の問題というよりは日本人の文化の問題だ。短期間に日本人のメンタリティが変わることはないから、このまま早期に輸入再開となる見込みはないだろう。
まあ、僕は結構陰謀論が好きなので、話半分に聞いてください。

*1:同じ表が、食品安全委員会の季刊誌「食品安全」7号のP4にある。これはカラーで非常にわかりやすいのだが、ここでのピッシングの欄の書き方は問題だろう。「日本のリスクが高い」の文字はなく、「80%実施」とのみ表記されている。下段の「SRM除去」の欄は「実施」イコール「リスクが低い」ことを意味するのだから、ここでの「80%実施」も下段に引きずられて、「国産は全項目が大丈夫」と誤解してしまう。http://www.fsc.go.jp/sonota/kikansi.html#7